有機合成を行っていると、膨大な情報から必要なものを検索する必要が生じます。現代ではもはやそれを人間の手で書籍のページをめくって調べることが不可能になってきています。
皆さんは全世界で現在いくつの化学物質が報告されているかご存知でしょうか。この質問を今年(2024年度)の本学の新入生にしてみたところ、「数十万件」、「数百万件」という答えが最も多数でした。
実のところ、世界中の化学物質を取りまとめて登録しているCAS (Chemical Abstracts Service、日本では化学情報協会 JAICIが取り扱い)によれば、2023年9月時点で2億8400 万件を超えており、1年で数百万件が追加され続けています。
有機化学者が論文投稿する際、未登録の新規化合物についてはいくつか報告すべき物性が定められています(主としてNMRと元素分析の結果)。しかし、自分の手にした化合物が未登録か既知か、まずはそれを調べなくてはいけません。2億以上の化合物と照合して既知かどうか確認するには、もちろんPCとネットの力を借ります。ほぼ数秒から十数秒で、それが既知かどうかの検索結果がわかります。
新規物質を手に入れたつもりであれば、ヒットしなければ「よし、新規物質!」となるわけですが、ヒットしてしまうと「え、既知だったの・・・」と少し残念なこともあります。
さて、合成化学者にとってPCとネットの利用は物質の新規・既知を判別するだけではありません。有機合成はパズルです。例えば、ある原料Aから始めて、目的化合物Zを合成するのに、どんな経路が可能か、あるいは適切か。星の数ほどのルートから妥当なものを選び出すのは面倒です。
例えばインフルエンザ治療薬として有名なタミフル(オセルタミビル)は主な合成ルートが3つ知られていますが、主原料が入手しやすいか、工程数が少ないか、それぞれに利点・欠点があるとされています。
近年ではこういった合成ルートの検索・提案もかなり検索エンジンに頼ることができます。個別の段階ごとの開発・改善は常に行われており、ちょっとした構造変換もいつの間にか結構良い方法が見つかっていることもあります。(見落としていると少し恥ずかしいですが)
ちなみに最近はやりのAIのような回答ではなく、実例(文献)を正しく引用した経路提案が得られることも、この手の検索エンジンでは心強いです。ただしあまりこの合成ルート検索にのめりこむと、自分で経路を考える力が落ちると嘆く人もいます。何事もほどほどに、自分のプラスになる形での利用が大切です。
文責:岩崎 政和(教授) https://www.sit.ac.jp/laboguide/kougaku/seimeikankyou/#iwasaki