自然界には、はっと驚かされたり、不思議だな~と感心させられたりすることがたくさんあります。ここでは、味を変えてしまう不思議な植物成分についてご紹介します。
酸味を甘味に変えるミラクリン
西アフリカ原産のアカテツ科の灌木Richadella dulcificaはオリーブ大の赤い実をつけます。この実の果肉を口に含んでから酸っぱいものを食べると強い甘味を感じます。たとえば、レモンは甘いオレンジのような味になったり、普通のトマトが高級なフルーツトマトのような味になったりします。この不思議な果実はミラクルフルーツと名前が付けられ、広く知られるようになりました。西アフリカの現地では、酸っぱいヤシの酒を飲んだり、発酵した酸味のあるパンなどを食べたりする習慣があり、その際に食べられてきたそうです。ミラクルフルーツの有効成分はミラクリンと呼ばれ、糖タンパク質であることが分かっています。舌上の甘味を感じる細胞には、甘味物質が結合する味覚受容体が存在します。ミラクリンはこの甘味受容体に結合します。唾液のような中性に近い条件下では、甘味受容体に結合しているミラクリンは何の効果も示しませんが、酸性の条件下では甘味受容体を刺激し、甘い味を生じさせます。酸っぱいものは酸性を示します。したがって、ミラクルフルーツを口に含んでからレモンなどを食べると甘い味が生じることになります。
甘味を抑えるギムネマ酸
インドなどに自生するガガイモ科の蔓性低木Gymnema sylvestre R. Br.(ギムネマ・シルベスタ)の葉をかんでから甘いものを食べると全く甘味を感じません。たとえば、砂糖は砂のように感じられ、甘いチョコレートはカカオ100%のような味になってしまいます。この葉にはギムネマ酸と呼ばれるトリテルペン配糖体が含まれており、これが甘味だけを抑えます。面白いことにギムネマ酸はヒトの甘味は抑えますが、ラットやマウスの甘味は抑えません。ギムネマ・シルベスタの葉にはギムネマ酸の他にグルマリンという物質が含まれていますが、これはギムネマ酸とは逆にヒトの甘味は抑えずにラットやマウスの甘味を抑えます。現在では、このギムネマ酸についても、甘味受容体に結合して甘味を抑える仕組みが明らかにされつつあります。
ミラクリンとギムネマ酸の構造は、横浜国立大学の栗原良枝先生のグループが決定しました。栗原良枝先生は、中国産の植物Capparis masaikai Levlの種子に含まれる甘味の有る耐熱性タンパク質、マビンリン、マレーシアのペナン島に自生するキンバイザサ科の植物Curculigo latifoliaの実に含まれる水を甘くするタンパク質、クルクリン、同じ島に自生しているキツネノゴマ科の植物Staurogyne merguensis Kuntzeの葉に含まれる水を甘くするトリテルペン配糖体、ストリジン、ナツメ(Zizyphus jujuba MILL)の葉に含まれる甘味を抑制するジジフィンなどの構造も決定しており、世界の味覚研究に大きく貢献した日本の研究者の一人です。
文責:熊澤 隆(教授) https://www.sit.ac.jp/laboguide/kougaku/seimeikankyou/#kumazawa