農業とゲノム編集

工業大学で農業を考えよう!

6月に深谷市が、アグリテック集積都市を目指す「DEEP VALLEY」宣言を行いました(その時の記事はこちら)。アグリ(農業)とテクノロジー(技術)を融合させ、新世代の農業都市を作るというのは、非常に画期的で面白いと思います。本学科も農業に貢献できる研究室がたくさんありますので、貢献できればと思います。

私たちが生きていくうえで必須のもの。それは、「食」です。その「食」の根幹を担う産業が「農業」であり、一次産業といいます。現在は、二次産業(工業)や三次産業(観光)などと融合して、六次産業として農業を発展させていこうということが主流となっています。産業技術は飛躍的に発展しており、ビッグデータやAI(人工知能)といった技術が世間を賑わせています。こういった技術は、私たちの暮らしを豊かにする非常に重要なものです。

では、農業における最新の技術はどうなっているのでしょう?

画像識別やドローンの活用などもよく取り上げられていますが、今回は農業の基本である「品種改良」について、最新の技術をご紹介します。

品種改良について

農業の歴史は、「より良い品種を作る」という品種改良の歴史です。品種改良とは、例えば「病気に強いけど美味しくない稲」と「美味しいけど病気に弱い稲」を掛け合わせて、「病気に強くて美味しい稲」と作り上げることを言います。これには掛け合わせと選抜を繰り返していくことが必要で、稲で新しい品種を作る平均年数は12年といわれています。これでは時間がかかりすぎてしまいますので、接ぎ木や突然変異といった様々な技術が利用されています。

その中で「ゲノム編集」という技術が、農業界はもちろん、現在のバイオ研究の世界を席巻しています。

ゲノム編集とは?

ゲノム編集とは、生物のすべての遺伝情報を持つDNA(ゲノム)の限られた部分だけを編集する技術のことです。つまり、「狙った遺伝子だけを効率よく変えることができる」技術といえます。「悪いところを切り出して治す」手術のようなイメージですかね。今までの品種改良法では、美味しくて病気に強い稲ができても、種ができにくくなったり、風に弱くて倒れやすくなった…といった、望んでいない形質も現れてしまうことがありました。その点ゲノム編集は、これまでの研究で機能がわかっている遺伝子だけを改変しますので、望み通りの形質を作りやすくなっています。 ゲノム編集自体は、20年以上前から研究が行われていましたが、5年ほど前に開発されたCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)というゲノム編集技術の出現によって、一気に広がりました。 この技術の詳しい原理については、また次回にご説明します。

ゲノム編集のイメージ

DNAを操作するというと、「遺伝子組換え」を思い浮かべる人もいるでしょう。ゲノム編集と遺伝子組換えは何が違うのでしょう?

遺伝子組換えとの違いは?

従来の遺伝子組換えは、もともとの生物のゲノムには存在しない外来の遺伝子を入れることで新しい形質をもつ生物を作り上げていました。一方でゲノム編集は、その生物が元々持っているゲノムを改変するだけですので、外来遺伝子は含まれていません。従来の育種法にあった突然変異育種を超効率良くしたものといえます。厳密にいうと、遺伝子組換えと同様の作業を行い、最終的には外来遺伝子を除くという作業を行っているため、従来の育種方法で作られた作物と同様となり、見分けがつかないと言った方が正しいかと思います。

遺伝子組換えのイメージ

 

ゲノム編集の現状は?

ゲノム編集を利用した農産物は世界的に作られており、国内でも「GABA(γアミノ酪酸)を豊富に含んだトマト」・「肉厚になったタイ」・「攻撃性を減らして養殖しやすくなったサバ」・「アレルギー物質の少ない卵」など、たくさんのゲノム編集の食品素材が作られています。

政府は「ゲノム編集食品には、遺伝子組換え食品のような表示義務は不要」(条件はあります)ということを決定し、10月より流通や販売に関する届け出制度を始めています。これらのゲノム編集食品が皆さんの食卓に並ぶ日も遠くはないでしょうね。

…いかがでしょう?

「すごい技術だな」と感心したでしょうか?

「怖い技術だな」と思ったでしょうか?

人それぞれに感じ取ったものがあると思います。

それで構わないと思います。

私自身は、ゲノム編集食品ついて怖いとは全く思っていません。これは、ゲノムをよく知り、ゲノム編集技術を勉強して理解しているからです。ただし個人的には、ゲノム編集食品は遺伝子組換え食品と同様に表示したほうが良いと思っています。これは、危険だからということではなく、消費者の選択する権利を尊重するべきだと思うからです。

ゲノム編集に限らず、最新の技術はこれまでの社会常識をひっくり返すことがある反面、理解が得にくいということもあり、大きな不安を持たせることもあります。こういった最新技術について、消費者の皆さんが安心して暮らせるように実社会に還元することも、研究では大切かと思います。

そういった意味では、本学の理念でもある「テクノロジーとヒューマニティーの融合と調和」というのは、含蓄のある理念かもしれませんね。

文責:秋田 祐介(准教授) https://www.sit.ac.jp/laboguide/kougaku/seimeikankyou/#akita

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