未来の理想社会 (Society 5.0)➝ 内閣府Webサイトでは、センサーによる情報収集はとても重要です。IoT(Internet of Things:もののインタ-ネット)技術を使い、さまざまなセンサで集めた多種多様なデータをAI:人工知能で解析して活用することで、より快適で質の高い生活を送ることができるようになると期待されています。
さまざまなセンサーがありますが、今回のコラムでは、生物の力を活用するバイオセンサーを紹介します。
◆バイオセンサーとは
バイオセンサーは、生物が持つ優れた物質識別能力を利用して、誰もが、簡単に・いつでも・どこでも特定の成分を検知・定量できるようにするためのコンパクトな測定装置です。下の図1に示すように、酵素や抗体などのタンパク質、DNA、微生物、細胞、組織などの生体関連物質を「生物素子」として、さまざまな信号変換器と組み合わせて作られます。バイオとエレクトロニクスの融合によって生まれた新技術で、生命科学、化学・材料、電子、情報、機械、メカトロニクスなど、さまざまな専門分野の研究者がバイオセンサーの開発に携わっています。
Q(学生): 「生物素子」って何ですか?
A(教授): 素子とは、自然科学で明らかになった原理や作用を工学的に応用・利用するために作製された簡便な部品のことです。バイオセンサーの「生物素子」とは、生物由来のさまざまな物質を信号変換器に固定化して、道具のように使えるようにしたもののことを言います。
Q(学生): 生物由来の物質を素子として使うメリットは何ですか?
A(教授): いろいろな物質がたくさん混ざっている溶液の中に、どんな物質がどのくらい存在しているかを調べるのはとても大変で、高価な設備、専門知識、熟練した技術が必要です。でも、バイオセンサーに利用される生物素子は、特定の物質だけを見分ける能力がとても高いので、試料にセンサーを接触させるだけで、目的の物質をすぐに見つけて、その量を知らせてくれます。だからバイオセンサーを使うと、誰もが、いつでも・どこでも、簡単に必要な情報を知ることできるのです。
◆バイオセンサーの用途
現在市販されているバイオセンサーは、糖尿病患者さんが血液中のブドウ糖の量(血糖値)を自宅でチェックする血糖値センサーが広く普及しています。バイオセンサーの用途は幅広く、医療・ヘルスケアだけでなく、環境モニタリング、食品・農業分野で、さまざまな応用が期待されています。今後の実用化が期待されているものも含めて、さまざまな用途・応用分野を図2にまとめました。
図2 バイオセンサーの応用分野(研究段階も含む)
Q(学生): 血糖値センサーでは、どうやって血液中のブドウ糖の量を測っているのですか?
A(教授): 血糖値センサーでは、ブドウ糖とだけ反応する酵素(触媒タンパク質)が生物素子として利用されています。血液を1滴センサーにつけると、酵素がブドウ糖を見つけてすばやく反応します。この時、酵素がどのくらい働いたかを電流に変換します。血液中のブドウ糖の量が多いほどたくさん電流が流れるので、この関係を使って血液中のブドウ糖の量を数値化しています。
Q(学生): 「医療・ヘルスケア」の測定成分の1つ 「がんマーカー」って何ですか?
A(教授): 体のどこかにがんができると、血液や排泄物中に、がん細胞が作り出す特殊な物質が放出されます。この物質を「がんマーカー」と呼びます。がんマーカーを測定することによって、がんの有無や進行度を知ることができます。治療中の場合は、治療の効果を確認することもできます。体温を測るのと同じように、バイオセンサーを使って自宅で日常的に健康状態を簡単にチェックできれば、とても安心ですね。
Q(学生): 環境モニタリング用バイオセンサーにはどんなものがありますか?
A(教授): 河川、排水、土壌、大気などに存在する毒性の強い重金属、生物毒、農薬、病原ウイルスや病原微生物などを検知対象とするバイオセンサーが開発されています。ナノ材料や酵素タンパク質の反応・微生物の代謝活性に対する測定対象成分の影響を、デジタル信号に変えて検出します。IoT技術と連携して環境汚染の度合いを常時モニタリングする監視システムへの応用も検討されています。
◆未来のバイオセンサー
内閣府が提唱している →未来の理想社会 (Society 5.0) は、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな未来社会のことです。第5期科学技術基本計画において日本が目指すべき未来社会の姿として提唱されました。
この未来の理想社会(Society 5.0)では、下の図3に示すようにセンサーによる情報収集はとても重要です。デジタルヘルス(※)の一環として医療に関わる身体装着型(ウェアラブル)バイオセンサーは、IoT技術と連携して日常生活の中で自身の健康状態を常時モニターします。これらの情報をビックデータとして人工知能(AI)で解析して活用できれば、健康寿命(※)も延び、快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることができるようになるでしょう。
※ デジタルヘルス:人工知能(AI)やチャットボット、IoT、身体装着型(ウェアラブル)デバイス、ビッグデータ解析、仮想現実(VR)など最新のデジタル技術を活用して、医療やヘルスケアの効果を向上させること。
※ 健康寿命:健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間。
→ デジタルヘルス (NEC Webサイト)
Q(学生): 身体装着型(ウェアラブル)バイオセンサーには、どんなものがありますか?
A(教授): 涙、唾液、汗、尿などに含まれる健康指標成分を検出するために、コンタクトレンズ型、マウスピース型、絆創膏型、腕時計型、サポーター型、人工皮膚型、下着埋め込み型、おむつ型、体内埋め込み型、カプセル型(飲み込み型)など、さまざまな身体装着型センサーが盛んに研究されています。
例えば、体液中の健康指標成分を燃料として発電する酵素式バイオ燃料電池(※)の原理を利用して、その発電量から健康指標成分の量を計測する自己発電型バイオセンサー(※)は、外部電源が不要で、小型化しやすいという特徴があるので、身体装着型(ウェアラブル)バイオセンサーへの応用が可能です。
※ 酵素式バイオ燃料電池:酵素の触媒反応を利用してブドウ糖などから電気エネルギーを取り出す装置。
※ 自己発電型バイオセンサー:体内の成分(ブドウ糖や乳酸など)を燃料として発電し、その発電量を指標として成分の濃度を測るセンサー。
図3 未来の理想社会 (Society 5.0)でのセンサーの役割(内閣府Webサイトより)
文責:長谷部 靖(教授) https://www.sit.ac.jp/laboguide/kougaku/seimeikankyou/#hasebe